2011年5月9日月曜日

五下分結と五上分結[仏教の基礎知識(7)]

五下分結(ごげぶんけつ)、五上分結(ごじょうぶんけつ)とは、三界(欲界、色界、無色界)に、衆生(人)を結びつける束縛のことである。五下分結と五上分結を合わせて、十結(じゅっけつ)という。

ここで「結」とは、束縛のことで、煩悩の異名でもある。ここでの煩悩の内容は、日常語として使われている煩悩とは、かなり意味合いが異なっている。日常語では、煩悩は欲望と同義語として扱われることが多いが、欲望では煩悩の中の欲貪(よくとん)のことだけを指している。もともとの仏教語としての煩悩は、欲望のことだけではなく、普通の意味では欲望とはいえない意味をも含むものである。
五下分結と五上分結は、四向四果(しこうしか、特に四果)の聖者の階梯と密接に関係している。


○五下分結
五下分結(ごげぶんけつ)は、五つの下位の束縛のことである。衆生(人)を俗界に結びつける五つの煩悩(結)である。
三界のうち下方の世界である欲界(感覚で知ることができる世界)に衆生(人)を結びつけ、束縛している五種の煩悩(結)のことであるので、五下分結と名づける。五下分結のあるかぎり、衆生(人)は欲界に生を受ける。
五下分結を完全に断滅すると、欲界には戻らない不還果(ふげんか)を得る。つまり五下分結を断滅すると、阿那含(アナゴン、不還)になる。
五下分結は、次の5つである。

1.身見(しんけん:有身見)
私という不変の存在があるという見解のことである。
私(私の身体、私という心身の集合体)など、とにかく私というものが変わらず存在すると思うことである。
無知に分類される、誤った見解・邪見である。

2.疑惑(ぎわく:疑)
何が真実か分からない状態のことである。
仏道の真実が分らない無知な状態といえる。

3.戒取(かいしゅ:戒禁取見)
こだわりに、とらわれることである。
しきたりや苦行など、いろいろなことにとらわれ、こだわることである。

4.欲貪(よくとん)
激しい欲のことである。

5.瞋恚(しんに)
激しい怒りのことである。


○三結
三結(さんけつ)は、五下分結のうち仏教修行で最初に消える、最初に断ずることのできる三つの煩悩(結)である。
三結を完全に断滅すると、預流果(よるか)を得る。つまり三結を断滅すると、須陀洹(シュダオン、預流)になる。
さらに三結を完全に断滅し、五下分結の残り二つ(欲貪、瞋恚)が薄くなると、一来果(いちらいか)を得る。つまり三結を断滅し、欲貪と瞋恚が薄くなると、斯陀含(シダゴン、一来)になる。
三結は、五下分結のうち、次の3つである。

1.身見
2.疑惑
3.戒取


○五上分結
五上分結(ごじょうぶんけつ)は、五つの上位の束縛のことである。衆生(人)を色界と無色界に結びつける、五つの煩悩(結)である。
三界のうち上方の世界である、色界と無色界に結びつけて、解脱させない煩悩のことであるから、五上分結と名づける。
五上分結を完全に断滅すると、応供果(おうぐか)を得る。つまり五上分結を断滅すると、阿羅漢(アラカン、応供)になる。
仏教修行の最終段階で断滅することのできる、精妙な五つの煩悩(結)のことである。
五上分結は、次の5つである。

1.色貪(しきとん)
色界に対する執着のことで、色界の禅定のすばらしさに対する執着である。

2.無色貪(むしきとん)
無色界に対する執着のことで、無色界の禅定のすばらしさに対する執着である。

3.掉挙(じょうこ)
私は到達した、というような心のたかぶりの感覚である。掉挙とはあまり使わない言葉であるが、心のたかぶりを指している。
私はこの段階まで達したというような達成感のような、心のたかぶりの感覚である。
欲界でも掉挙はあるが、ここでは色界、無色界のかすかで微妙な心のたかぶりである。

4.我慢(がまん、慢)
私がなした、というような慢心の感覚である。ここでは、慢心のことを我慢と呼んでいる。
欲界でも慢はあるが、ここでは色界、無色界のかすかで微妙な慢心である。

5.無明(むみょう)
どうしても最後まで、僅かに残っている根本の無知のことである。


○四果と十結(五下分結、五上分結)の関係
仏教での聖者の段階である四果(しか)と、十結(五下分結、五上分結)の関係をまとめておこう。

1.須陀洹(シュダオン、預流)
五下分結のうち、三結(身見、疑惑、戒取)を完全に断滅すると、預流果(よるか)を得る。

2.斯陀含(シダゴン、一来)
五下分結のうち、三結(身見、疑惑、戒取)を完全に断滅し、五下分結の残り二つ(欲貪、瞋恚)が薄くなると、一来果(いちらいか)を得る。

3.阿那含(アナゴン、不還)
五下分結(身見、疑惑、戒取、欲貪、瞋恚)を完全に断滅すると、不還果(ふげんか)を得る。

4.阿羅漢(アラカン、応供)
五下分結の断滅に加え、五上分結(色貪、無色貪、掉挙、我慢、無明)を完全に断滅すると、応供果(おうぐか)を得る。
阿羅漢(アラカン)へ至るために、五上分結を断滅することはかなり難しい。

2 件のコメント:

  1. よくぞ書いて(写して)くれました。有り難う。

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  2. 無明とは四諦を知らないことだと思います。

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